実態に則した他社権利調査 ~応用的な進め方~

2022.08.01 | 調査コラム

本記事は、執筆時に調査した内容を元に掲載しております。最新情報とは一部異なる可能性もございますので、ご注意ください。

1. はじめに

 他社権利調査とは、ある製品(実施技術)が他人の特許を侵害していないかどうかを調べる調査です。他に、侵害予防調査、クリアランス調査、FTO調査(Freedom To Operate)等とも呼ばれ、その調査の進め方にもクライアント毎の文化や方針の違いがあったりもします。2019年のコラムに続き、本稿では、私がこれまでのクライアント対応にて学んだ、実態に則した他社権利調査の応用的進め方の一部を紹介します。

2. 権利一体の原則

 前回のコラムで、『権利一体の原則』という考え方を紹介しました。特許請求の範囲の全ての構成要件を充足する実施技術(実施行為)のみが当該特許請求の範囲を充足し、特許侵害となるという考え方です。この考え方からすると、以下の例1では、「溶液」が「アイスクリーム溶液」の上位概念であると考えられ、実施技術が特許γを侵害していると言えてしまいます。

例1.
実施技術 : 添加剤Aと添加剤Bを添加したアイスクリーム溶液
特許γ   : (独立項) 添加剤Bを添加した溶液
※特許γには「γ-1 添加剤Bを添加している」「γ-2 溶液」との2つの構成要件が在ると考える。

 ここで、前回のコラムにて、

 尚、もう少々厳密な事を言えば、特許γのγ-2の「溶液」が「アイスクリーム溶液」までをも想定した特許であり、その権利範囲(いわゆる“射程”)がアイスクリーム溶液を包含するか否かが争点になる場合もあります。

他社権利調査の進め方の基本】 https://aztec.co.jp/news/columns/331

 このようにやや含みを持たせた言い回しをした点に、今回は目を向けてみます。

 

 権利一体の原則からすると、実施技術が特許γを侵害していると言えてしまうのですが、実際に本当に特許権者から訴えられ、回避できないリスクがあるか否かは、その特許権者がどの権利範囲までを想定していたかに依る場合が多くみられます。 実際には、権利範囲がその想定を包含するかの判断は単純なものではありません。本稿ではコラムという事で単純化した言い回しとし、「特許権者が、特許γにてアイスクリーム溶液までを想定していた場合は『リスク“高”』」、「想定していない場合は『リスク“低”』」として以降の話を進めたいと思います。

3. 実態に則した応用的な進め方

 リスクが高いか低いかは 想定の度合いに依る部分が大きいとすると、その“想定の度合い”を判断する事が必要です。では、どのようにして想定の度合いを判断すれば良いかというと、その特許の独立項以外の部分にヒントが隠れている場合が多くみられます。

3.1 従属項

 ヒントが隠れている場合、大きく2つのパターンがあり、1つ目のパターンは従属項にて想定を明らかにしている場合です。例えば、以下の例2のように、特許γの従属項で溶液の分野/用途を限定している場合等がそれに当たります。

例2.
実施技術 : 添加剤Aと添加剤Bを添加したアイスクリーム溶液
特許γ   : (独立項) 添加剤Bを添加した溶液
     : (従属項) 製菓に用いる溶液である(独立項)の溶液
※従属項から、その溶液の分野/用途が「γ-3 菓子分野」であるという事が従属的な構成要件として見て取れる。

 例2で「γ-3 菓子分野」という従属的な構成要件の情報が手に入り、「独立項で示された『溶液』は、製菓に用いる溶液を上位化させてクレームアップしたものだったのか。」との考えが浮かびます。この様な場合、独立項で示される「溶液」は「お菓子の一種であろうアイスクリーム溶液を含む溶液」と考え、想定の度合いが高く、『リスク“高”』と判断します。

 今度は逆の例、以下の例3の場合はどうでしょうか。

例3.
実施技術 : 添加剤Aと添加剤Bを添加したアイスクリーム溶液
特許γ   : (独立項) 添加剤Bを添加した溶液
     : (従属項) 医薬用途である(独立項)の溶液
※従属項から、その溶液の分野/用途が「γ-3’ 医薬用途」であるという事が従属的な構成要件として見て取れる。

 例3で「γ-3’ 医薬用途」という従属的な構成要件の情報が手に入り、「なるほど、独立項で示された『溶液』は、医薬用途を想定しているものだったのか。」との考えが浮かびます。この様な場合、独立項で示される「溶液」は「医薬用途であって、一般的には医薬用途とは言い難いアイスクリーム溶液を含む溶液ではない」と考え、想定の度合いが低く、『リスク“低”』と判断します。

3.2 明細書中の記載

 ヒントが隠れている場合のもう1つのパターンは明細書中の記載にて想定を明らかにしている場合です。例えば、以下の例のように、例4で特許γの明細書中の記載で溶液の分野/用途を詳細に説明・例示している場合等がそれに当たります。

例4.
実施技術 : 添加剤Aと添加剤Bを添加したアイスクリーム溶液
特許γ   : (独立項) 添加剤Bを添加した溶液
     : (明細書) …本溶液は、プリンやアイスクリームに用いる事ができる。
※明細書中の記載から、その溶液の用途が「アイスクリーム」も想定している事が見て取れる。

 例4でその溶液の用途が「アイスクリーム」も想定しているとの情報が手に入り、独立項で示される「溶液」は「アイスクリーム用途の溶液」と考え、想定の度合いが高く、『リスク“高”』と判断します。

 同様に、

例5.
実施技術 : 添加剤Aと添加剤Bを添加したアイスクリーム溶液
特許γ   : (独立項) 添加剤Bを添加した溶液
     : (明細書) …本溶液は、医薬品に用いる事ができる。
※明細書中の記載から、その溶液の用途が「医薬品」を想定している事が見て取れる。

 例5でその溶液の用途が「医薬品」を想定しているとの情報が手に入り、独立項で示される「溶液」は「医薬品の溶液」と考え、「アイスクリームとは異なるもの」と考え、想定の度合いが低く、『リスク“低”』と判断します。

 各特許の請求項毎に実施技術の侵害/非侵害を判断する事は基本であり、独立項と従属項や明細書全文とをごちゃ混ぜにして判断する事はやってはならない事です。しかし、従属項や明細書の情報を考慮する事で、独立項に存在する広いクレームの想定範囲を類推する事ができ、実施技術の独立項に対するリスクの高低を判断する材料に使える場合があります。

3.3 その他

 2パターンのヒントの隠場を示しましたが、他にも“想定の度合い”を判断する情報は幾つかあります。例えば、同じ特許権者(出願人) の他の特許の情報やその特許権者の会社ホームページ等です。そもそもその特許権者がどのような事業を生業としているかを把握していれば、広い独立項 であっても何を想定しているかが類推できたりします。勿論、昨今の多角化戦略により、手広く色んな分野を想定している場合もあろうとは思いますが、この様な情報も想定の度合いを判断する一助になる事を抑えておきたいところです。

4. リスクをどこまで取るか

 前章までの例で従属項や明細書等の情報が、「溶液(広い独立項 )」を「どこまで想定しているか/想定していないか」を判断する情報に使える可能性があることを示しました。しかし、「想定していない=リスク“低”」として本当に大丈夫でしょうか。答えとしては「本当に大丈夫とは言い切ることは出来ない。」です。あくまでも独立項としては「溶液」であり、単純に権利一体の原則で判断するとやはり「侵害している」となるからです。では、前章までの応用的な進め方をどのようにFreedom To Operateに活かせば良いでしょうか。これには我々で言う所のクライアント企業の知財担当者(以下、顧客担当者)の判断や企業文化・方針が大きく関わってきます。

 顧客担当者がアイスクリーム溶液を製造販売する製菓企業の方だとして例を示します。前述の例4の場合、「リスク“高”ですよね?」と尋ねると、顧客担当者は「はい。」と言うケースが多いでしょう。しかし、例5の様な場合は、顧客担当者も「リスク“低”です。」と判断されるケースもあれば、「いや、あくまでも独立項では溶液なのだから、侵害する。」や「明細書でアイスクリームが否定されているわけではないので、リスク“低”とするのは危険だ。」等、様々に判断されるケースがあるのではないでしょうか。

 製菓企業自体にも様々な考え方の企業が存在するでしょう。私は顧客担当者とどこまでの特許文献 をどのように報告するかを摺り合せる際、自身の考えに拘泥せず、目の前の顧客担当者がどのように考え、報告するに際してどのようにアレンジすればその顧客担当者の企業活動にマッチするかを考えるように努めています。例えば、「いや、あくまでも独立項では溶液なのだから、侵害する。」と考える顧客担当者の場合、そういった特許文献 を報告しない(抽出しない)のではなく、抽出(報告)した上で、「ただし、明細書中で示される分野はアイスクリーム等の分野ではない異分野である」との意として、ネガティヴ・フラグを付与する等を提案しています。このネガティヴ・フラグが付与されている特許文献群は、他の特許文献群とは別に詳細検討の優先順位を落として確認する事も出来ます。実際にこの様な対応を行い、喜んで頂けたケースが幾つもあります。中には、顧客担当者も「リスク“低”ですね。」と考え、そういった特許文献群の抽出(報告)自体を不要と考える方も少なくはありません。

 その顧客担当者にも報告書を確認する時間は限られているだろうし、顧客担当者自身の経験や企業方針等により、「そもそも異分野の特許であれば、リスクは低い。」や「仮に、本来異分野を想定の特許で訴えられても、回避策はいくらでもある。」等と考えているケースも目の当たりにします。本稿では調査母集団の設計の観点での話は割愛しますが、打合せ等で「母集団をどこまで拡げるか。」「異分野における、独立項が広くクレームアップされているであろう特許を気にするか。」を「訴えられるリスクは存在するか(高いか低いか)。」や「そのリスクをどのように考えるか。」等の視点を交えながらヒアリング・調査提案を行うようにしています。

5. おわりに

 本稿では私が応用的に行っている他社権利調査の進め方を紹介しました。調査の進め方には、顧客担当者の考えやクライアント企業の文化や方針なども大いに影響します。私も様々な企業・担当者と色々な調査を通じて多くを学ばせて頂きました。これからも対応力を磨き、世界の産業の発展に貢献していけるよう努めていきます。

調査事業部 橋間

【参考】

他社権利調査の進め方の基本
https://aztec.co.jp/news/columns/331

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