他社権利調査の進め方の基本

2019.12.01 | 調査コラム

本記事は、執筆時に調査した内容を元に掲載しております。最新情報とは一部異なる可能性もございますので、ご注意ください。

1. はじめに

 他社権利調査とは、ある製品(実施技術)が他人の特許を侵害していないかどうかを調べる調査です。他に、侵害予防調査、クリアランス調査、FTO調査(Freedom To Operate)等とも呼ばれ、その調査の進め方にも各社毎の特色があったりもします。本稿では、私が他社権利調査を進める際の基本的な考え方を紹介します。

2. 特許を侵害するとは

 まずはおさらいとして、特許を侵害するとはどういう事かを簡単に確認します。特許権は、特許出願後に特許査定を受け、設定登録されたものに生じます。所謂、「他人の特許を侵害してしまった!」と言うのは、この設定登録となった特許を侵害してしまった事を指します。では、どういう場合に特許侵害となってしまうのでしょうか。特許侵害(直接侵害)を考える際に、『権利一体の原則』という考え方がよく用いられます。(外国では、オール・エレメント・ルール(All Element Rule)とも呼ばれます。)これは、特許請求の範囲の全ての構成要件を充足する実施技術(実施行為)のみが当該特許請求の範囲を充足してしまい、特許侵害となるという考え方です。

3. 基本的な進め方

3.1 権利一体の原則

 本節では具体例を用いて権利一体の原則に沿った特許侵害を説明します。

例1.
実施技術 : 添加剤Aと添加剤Bを添加したアイスクリーム溶液

特許α :(独立項) 添加剤Aと添加剤Bを添加したアイスクリーム溶液
特許β :(独立項) 添加剤Aを添加したアイスクリーム溶液
特許γ :(独立項) 添加剤Bを添加した溶液

図1 例1の実施技術イメージ

 例1で示される特許αには、「α-1 添加剤Aを添加している」「α-2 添加剤Bを添加している」「α-3 アイスクリーム溶液」との3つの構成要件が在ります。実施技術との充足対比を行うと、α-1~α-3までの全てを充足する事となり、特許αを侵害しているという事になります。

図2 実施技術(例1)と特許αとの
関係性イメージ

 同じく、特許βには、「β-1 添加剤Aを添加している」「β-2 アイスクリーム溶液」との2つの構成要件が在ります。この場合はどうでしょうか。β-1とβ-2ともに実施技術がこの2つの構成要件を充足してしまいます。この場合も特許βを侵害しているという事になります。ここで「添加剤Bはどこに行ったの?(どこに関係するの?)」と思われる事があるかも知れません。添加剤Bはそもそも特許βで触れられていないので、考慮をする必要はありません。この点が、構成要件が開示されているか否かを確認する出願前先行調査や無効資料調査と他社権利調査との大きな違いです。他社権利調査は、実施技術が開示されているかを確認するのではなく、特許請求の範囲中の構成要件が実施技術で満たされる(充足される)か否かを確認する調査です。

図3 実施技術(例1)と特許βとの関係性イメージ

 次の特許γはどうでしょうか。特許γには「γ-1 添加剤Bを添加している」「γ-2 溶液」との2つの構成要件が在ります。γ-1が実施技術にて充足される事、添加剤Aについては考慮が不要なことは直ぐに分かる事かと思います。ここで重要なのは、「γ-2 溶液」と「実施技術 アイスクリーム溶液」との充足対比です。「溶液」という用語には、水溶液や有機溶液、洗剤としての溶液やジュース飲料としての溶液などの意味合いが含まれると考えられます。従って、アイスクリーム溶液は溶液に含まれうる、溶液はアイスクリーム溶液の上位概念であると考え、γ-2は実施技術にて充足されると考えます。従って、実施技術はこの特許γも侵害していると言えます。尚、もう少々厳密な事を言えば、特許γのγ-2の「溶液」が「アイスクリーム溶液」までをも想定した特許であり、その権利範囲(いわゆる“射程”)がアイスクリーム溶液を包含するか否かが争点になる場合もあります。しかしながら、特許調査上は、まずは技術上の上位概念・下位概念を考慮し、充足/非充足を考えて行く事が基本となります。

図4 実施技術(例1)と特許γとの関係性イメージ

3.2 調査対象となる資料

 次に、対象となる資料を確認しましょう。前章にて「特許権は、特許出願後に特許査定を受け、設定登録されたものに生じます。」と述べました。では、調査対象とする資料は設定登録となった特許(以下、登録公報)だけで良いのでしょうか。企業などでは、実施技術を安全に行う事が重要な目的とされます。その為、特許を侵害している事のみを気にするだけでは足らず、“特許になった時、侵害してしまうであろう可能性も気にしている”というのが現状です。つまりは、設定登録になる前の公開された出願(以下、公開公報)もいち早く侵害該非を確認し、場合によっては情報提供による特許成立の阻止や公開段階からのライセンス交渉などが行われます。従って、私が日常的に行っている他社権利調査では、登録公報だけでなく公開公報も含めて調査実施をしています。また、拒絶確定している出願や年金未納により特許権が抹消されたものなどの所謂“死情報”は調査対象に含めていません。

4. ”やらない事”を明らかにする

 他社権利調査をクライアントから請け、その調査設計をする際、実施技術の把握に努めるとともに、“不実施技術”の把握と“未確定技術”の把握に特に意識を向けています。不実施技術とは、実施技術に含まれない技術であり、所謂“やらない事”です。未確定技術とは、実施技術に含まれるかどうかが未確定であり、検討の幅があるような技術を指します。調査対象となる実施技術が「製品」である場合、その仕様は固まっており、実施技術と不実施技術は明確で、未確定技術はほぼ存在しないでしょう。しかしながら、実施技術が「研究段階、検討段階のもの」である場合、実施技術の幾つかは決まっているかも知れませんが、不実施技術と言い切れるものが少なく、未確定技術が多く存在してしまう傾向があります。これらの点を踏まえて、以下の例を見てみましょう。

例2.
実施技術 : 添加剤Aと添加剤Bを添加したアイスクリーム溶液
不実施技術: 添加剤C(添加剤Cは添加しない)
未確定技術: 添加剤D(添加剤Dの添加/不添加は未確定)

特許δ :(独立項) 添加剤Aと添加剤Cを添加したアイスクリーム溶液
特許ε :(独立項) 添加剤Aと添加剤Dを添加したアイスクリーム溶液

図5 例2の実施技術・不実施技術 ・未確定技術イメージ

 例2で示される特許δには、「δ-1 添加剤Aを添加している」「δ-2 添加剤Cを添加している」「δ-3 アイスクリーム溶液」との3つの構成要件が在ります。このうち、δ-1とδ-3が充足される事は直ぐに分かるかと思います。ここで大事なのは「δ-2 添加剤Cを添加している」への判断です。今回は不実施技術として「添加剤C(添加剤Cは添加しない)」という事が明確である為、このδ-2の構成要件は非充足となります。従って、1つでも非充足となる構成要件を含む特許δに対しては、実施技術は非侵害となります。

図6 実施技術等(例2)と特許δとの関係性イメージ

 次に、特許εには、「ε-1 添加剤Aを添加している」「ε-2 添加剤Dを添加している」「ε-3 アイスクリーム溶液」との3つの構成要件が在ります。ε-1とε-3は充足されています。ここで検討すべきは「ε-2 添加剤Dを添加している」です。添加剤Dの添加/不添加は未確定である為、ε-2の構成要件への充足対比は『判断不能』とする必要があります。従って、特許εには明確に非充足となる構成要件がない為、侵害する可能性があるという事となります。実際の調査で言えば、報告対象となります。

図7 実施技術等(例2)と特許εとの関係性イメージ

 この様に、未確定技術が存在していると「侵害する可能性がある」報告文献が増えていきます。反対に、不実施技術が明確でその観点も多く存在すればする程、非充足要件となるものも増え、非侵害と判断できる可能性が上がります。その為、他社権利調査は報告文献を抽出していく調査と言うよりは、報告しなくて良い文献(非侵害なもの)を、不実施技術を用いて削ぎ落としていく調査とも言えます1)。従って、不実施技術たる情報を如何に準備するかが他社権利調査の精度向上・効率化のポイントでもあります。

5. おわりに

 本稿では私が日常的に行っている他社権利調査の進め方を紹介しました。しかしながら、1章でも述べたように、調査の進め方にはクライアント毎の文化や方針なども存在します。その為、実際には基本の考え方だけに拘泥せず、クライアントへのヒアリングを行い、文化や方針に沿いつつこれまでの経験や知見などをマージさせながら調査提案を行っています2)。幸いながらこれまで多くのクライアントと接する機会を得ることができました。それらを糧に更に対応力を磨いていき、また次の提案に活かせる事を楽しみにしています。

調査事業部 橋間

<参考>
1)静野健一. 特許調査,特に権利調査における現状と課題. 情報の科学と技術. 2015, vol.65, no.7, p.284-289.
2)橋間渉. プロサーチャーの育成とキャリアパス. 情報の科学と技術. 2019, vol.69, no.1, p.10-15.

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