「AIが変える医療現場 ― ダビンチ特許切れ後に広がる手術ロボット競争と診断精度向上の潮流」

2026.03.01 | 調査コラム

本記事は、執筆時に調査した内容を元に掲載しております。最新情報とは一部異なる可能性もございますので、ご注意ください。

1.はじめに~ダビンチ特許切れがもたらした変化~

 米国Intuitive Surgical社が開発した手術支援ロボット「ダビンチ」は、長らく市場を独占する存在でした。しかし、同ロボットの主要な特許が2019年に切れたことで、多くの医療機器メーカーがこの分野へ参入し始めています。その結果、競争環境が一気に活性化し、ロボットの小型化、低コスト化、さらには人工知能(AI)の導入が加速しています。従来は医師の巧みな手技を再現・支援することに重点が置かれていましたが、現在はAIが医師を補完・強化する新たな段階へ移行しつつあります。
 本稿では、「遠隔手術」、「AI画像診断」、「AI医療機器企業の動向」について、その最新の潮流を整理します。

2.遠隔手術における通信技術と法規制の壁

 遠隔手術は、地理的な制約を超えた高度医療の提供を可能にする技術です。5Gや光通信の進化により、リアルタイムでの映像伝送と操作が実用的になりつつあります。しかし、依然として大きな課題も残されています。

1.通信の安定性:ミリ秒単位の遅延が手術の精度に直結するため、地域や国境を越える場合のネットワーク品質確保が課題となっています
2.法規制・倫理:遠隔地の患者に外科手術を行う場合、誰が責任を負うのかという法的問題は未解決です。国ごとに医療制度や免許制度が異なる点も課題となっています
3.コスト:専用通信回線や機器の導入は高額であり、普及の妨げとなっている点も課題となっています

 とはいえ、2024年には中国が約8,100km離れた場所で遠隔手術が成功し(註1)、2025年には中国が世界で初めて衛星を利用した遠隔手術も報告されるなど(註2)、技術的な可能性は現実のものとなりつつあります。今後は、通信インフラと制度整備が進めば、過疎地や発展途上国でも高度な医療が享受できる未来が期待されます。

<関連特許>

上の図:「5G技術を用いる遠隔整形外科手術システム」_CN113545856B(HANGZHOU SANTA MEDICAL TECH CO LTD 杭州三坛医疗科技有限公司)
 本システムは、ローカル手術サブシステム(整形外科手術ロボット、Cアーム、ローカル5G端末)とリモート制御サブシステム(遠隔5G端末、遠隔操作コンソール)から構成され、5Gデータチャネルを介して専門医が遠隔からロボットを操作し、骨折固定やスクリュー挿入などの手技を実施できます。

3.AI画像診断の精度とスピードの革新

 医療におけるAI活用の中で、最も実用化が進んでいる分野が画像診断です。X線、CT、MRI、また内視鏡画像といった画像データをAIが解析することで、見逃しのリスクを減らし、診断精度を高めることが可能になります。
 例えば、肺がんや乳がんの早期発見において、AIは人間の放射線科医と同等の精度を示す研究報告(註3)があり、またAIを支援ツールとして併用することで性能が向上する(註4)ことも示されています。
 AIによる診断はあくまで医師を助けるためのもので、最終的に判断するのは医師です。そのため、AIがどのようにその診断結果に至ったのかを医師が理解し、患者へ説明できるようにしておく必要があります。

<関連特許>

上の図:「機械学習及び画像処理アルゴリズムを用いて医用画像の血管を自動的にセグメンテーションする方法及びシステム」_特許第6986654号(エーアイ メディック インク)
 この技術は、患者の3次元医用画像から、機械学習で作成した血管データと画像処理による補正を組み合わせて、欠落部分の補完やノイズ除去を自動で行い、最終的に精度の高い3次元血管形状データを生成するセグメンテーション方法を提供するものです。

4.米欧日中に広がる医療AIの実装と特許動向(2023~2024年)

 米国企業では、Viz.ai(脳卒中向け画像診断AI)、PathAI(病理画像解析AI)、HeartFlow(冠動脈3D解析AI)、Butterfly Network(AI搭載ポータブル超音波)、Tempus(がんゲノム解析AI)などが、診断支援や治療最適化の領域で存在感を高めています。
 米国の特許動向として、USPTO が公開する「Artificial Intelligence Patent Dataset」により、AI関連発明の出願が継続的に増加していることが示されています(註5)。医療分野でもAI技術が広く応用されており、画像解析や診断支援など医療用途のAI特許が出願全体の重要領域の一つとして位置づけられています(註6)。

上の図:(註5)元のAIPDおよび2023年更新版AIPDによりAIと判定されたUSPTO特許文献の年間公開件数です。

 欧州企業では、Siemens Healthineers(画像診断AI)、Philips(モニタリングAI)、Kheiron Medical(乳がん検出AI)、Brainomix(脳卒中診断AI)などが、臨床ワークフロー全体へのAI統合を推進しています。
 一方、欧州の特許動向を見ると、欧州特許庁(EPO)が公開した「Patent Index 2024」によれば、2023年比でAI関連の発明を含むコンピュータ技術の出願数は増加しているものの、医療技術分野の出願数は微減となっています(註7)。

上の図:(註7)2024年に出願件数が最も多かった10の技術分野について、欧州特許庁(EPO)に提出された欧州特許出願件数および前年からの増減を示しています。

 日本企業では、エルピクセル(医用画像AI)、AIメディカルサービス(内視鏡診断AI)、CureApp(治療用アプリ/DTx)、富士フイルム(REiLI診断支援)などが、AI医療機器や治療用アプリの実装を進めています。
 また、日本の特許動向を見ると、特許庁(JPO)が公表している「AI関連発明全体の主分類の特許出願件数推移」によれば、近年は医療分野(FI:A61B)における出願件数が増加傾向にあり、2023年には662件に達していることが示されています(註8)。

上の図:(註8)2010年から2023年までの各分野における日本の出願件数の推移を示しています。

 中国企業では、Infervision推想医疗(画像診断AI)、Airdoc鹰瞳科技(眼底画像AI)、TINAVI北京天智航医疗(手術用ロボット)、Shukun数坤科技(心血管AI)に加え、Tencent腾讯・Alibaba阿里巴巴といった大手IT企業が、AIとクラウドを活用した診断支援と地域医療格差の解消に取り組んでいます。
 中国の特許動向を見ると、中国国家知識産権局(CNIPA)による公式報告では、AI関連発明の出願全体が2020年から2023年にかけて年平均約20%増加していることが示されています(註8)。

上の図:(註8)2014年から2023年までのAI分野における各国の出願件数の推移を示しています。

 AIが加わることで、従来は熟練医師でなければ難しかった操作を自動補正したり、手術中のデータをリアルタイムで解析して合併症リスクを警告したりすることが可能になります。Mordor Intelligenceの市場調査によれば、手術支援ロボットの世界市場は2025年の83億1,000万米ドルから2030年までに128億3,000万米ドルに拡大すると予測されており(註9)、特にAI搭載システムが成長を牽引するとされています。

上の図:(註9)2025年における手術ロボットの市場規模と、2030年の予想市場規模を示しています。

<関連特許>

上の図:脳卒中のコンピュータ支援トリアージの方法およびシステム_US12430768(Viz.ai Inc.)
 本発明は、ポイントオブケアで取得した患者データを複数の機械学習アルゴリズムで解析し、血管閉塞の種類・重症度・位置や損傷量を判定して重症度スコアを導き、その結果に基づく自動アラートをユーザデバイスへ送信して治療や転送を促すトリアージ技術であり、仮想マシン上の処理系が重症度に応じて患者優先度やアラート内容を自動調整する点が特徴です。

5.まとめ

 ダビンチ特許切れによる競争激化に加え、AI技術が進展したことで、手術ロボットと診断支援の領域では大きな革新が進んでいます。今後は技術面・制度面の課題を解決しながら、より安全で高精度な医療の実現に向けた開発競争が一層加速していくでしょう。

調査1部 シュ

【参考】

(註1)
 ・中国、通信距離2万km超のロボット遠隔手術に初成功–人民網日本語版–人民日報
(註2)
 ・「最大難関」データ転送遅延解決 CCTV「未来外傷治療システムの新しい可能性」
(註3)
 ・無症候性集団の胸部X線写真で疑われない肺がんを検出するための人工知能ソフトウェア |放射線学の進歩 |オックスフォードアカデミック
 ・UKLS CT肺がんスクリーニング研究における組織学的に証明されたAIパフォーマンス:作業負荷削減の可能性 – ScienceDirect
(註4)
 ・デジタルマンモグラフィを使用した乳がん検出における
 AI支援放射線科医の診断パフォーマンス:系統的レビューとメタ分析 – ScienceDirect
 ・深層ニューラルネットワークは乳がん検診における放射線科医のパフォーマンスを向上させる
(註5)
 ・USPTO「Artificial Intelligence Patent Dataset」
 ・The Artificial Intelligence Patent Dataset (AIPD) 2023 update
(註6)
 ・論文How AI is used in FDA-authorized medical devices: a taxonomy across 1,016 authorizations
(註7)
 ・EPO Patent Index 2024
(註8)
 ・JPO AI関連発明の出願状況調査
(註9)
 ・Surgical Robots Market Size, Share Analysis & Forecast 2030

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