(ショートレポート)「ペロブスカイト太陽電池」の特許出願動向調査
2024.08.01 | 調査コラム
1. 調査背景
我が国における中長期的なエネルギー政策の方向性を示すために作成されている「エネルギー基本計画」は、おおよそ3年ごとに見直されており、今年はその見直しの年となっています。周知のとおり、2050年カーボンニュートラルという世界公約達成に向け国際協調が求められる中、日本では生成AIのためのデータセンター建設や半導体工場誘致が進み電力消費量の増加が予想されており、電力需要と温暖化ガスの排出削減の両立が課題であると指摘されています。(※1)
また、長引く国際情勢の悪化は、エネルギー供給の大半を輸入化石燃料に依存している日本にとって、経済安定保障上リスクとなっており、産業競争力維持のためには、安価で安定したエネルギー確保は重要な課題となっています。
これらの課題の解決策として有力視されているのが、日本発次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池」であり、今年に入ってその技術の実用に向けた企業の動向が複数報じられています。(※2、※3)
そこで、ペロブスカイト太陽電池に関する特許出願動向を調査してみました。
※1 日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA29A5J0Z20C24A3000000/
※2 日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC043VB0U4A600C2000000/
※3 日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGKKZO81460090Y4A610C2MM8000/
2. 技術概要
ペロブスカイト太陽電池は、チタン酸カルシウムの結晶構造を発見したLevPerovskiにちなんで命名された「ペロブスカイト」と呼ばれる結晶構造をもつ材料を光吸収層(発電層)に用いており、2009年に桐蔭横浜大学 宮坂力教授により報告された日本発の次世代型太陽電池です。
塗布技術で作製できることや、フレキシブルで軽量な太陽電池を安価に提供できること等の可能性があり、世界中で実用化に向けた研究開発が活発に進められています。
なお、ペロブスカイト太陽電池の主な原料であるヨウ素は、日本の生産量が世界シェアの約3割を占めており、世界第2位です。
3. 調査戦略
本調査では以下のような調査戦略の下、特許母集団を作成しました。
・対象期間:出願がペロブスカイト太陽電池の発表以降である2009年以降
・対象国 :日本国出願及び、外国(US, EP, CN, KR, WO)
・検索式 :「ペロブスカイトを使用して太陽光で発電する電池/装置」という観点に対して、下記の特許分類(IPC及びCPC(外国のみ))を用い、「ペロブスカイト」「太陽電池」のキーワードを「PV」等の類語も使用して掛け合わせ
・母集団 :出願単位で10742件(JP913件、外国9829件)
<使用特許分類>
H10K85/50 有機電気的固体装置>このサブクラスで包含する装置の本体または電極に用いられる有機材料>有機ペロブスカイト
H10K30/00 有機電気的固体装置>赤外線,可視光,短波長電磁波または粒子線輻射に感応する有機装置
H10K39/10 有機電気的固体装置>グループH10K30/00に包含される,少なくとも1つの有機輻射線感応素子を備える,集積装置または複数の装置の組立体>有機光起電[PV]モジュール
H10K85/00 有機電気的固体装置>このサブクラスで包含する装置の本体または電極に用いられる有機材料
H01L31/04 クラスH10に包含されない半導体装置>赤外線,可視光,短波長の電磁波,または粒子線輻射に感応する半導体装置で,これらの輻射線エネルギーを電気的エネルギーに変換するかこれらの輻射線によって電気的エネルギーを制御かのどちらかに特に適用されるもの>光起電[PV]変換装置として使用されるもの
H01G9/20 コンデンサ>電解型コンデンサ,整流器,検波器,開閉装置,感光装置または感温装置>感光装置
Y02E10/50 気候変動緩和のための技術>温室効果ガス削減>再エネ>太陽光発電 ※CPCは外国のみで使用
4. 出願動向
4.1 全体出願動向
まずは日本の出願件数の推移を見ていきます。
2009年に初のペロブスカイト太陽電池が発表されて以降、徐々に出願が増え、2015年に急激な増加が見られます。これは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が2015年から2019年に実施した「高性能・高信頼性太陽光発電の発電コスト低減技術開発」事業(※4)の影響を受けているものと思われます。本事業の実施方針によると、この開発事業のうち「ペロブスカイト系革新的低製造コスト太陽電池の研究開発」の実施者には、パナソニック株式会社、株式会社東芝、積水化学工業株式会社などの企業が名を連ね、これは後述する出願人ランキングの上位者でもあります。
国の強力な支援もあり、急増した出願件数ですが、2017年をピークに減少し、2019年から出願件数が確定している2021年までは年間80件前後で推移しています。
※4 NEDO「高性能・高信頼性太陽光発電の発電コスト低減技術開発」
https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100101.html
続いて、外国の出願推移を見ていきます。
出願件数の増え始めが2013年と、日本より少し遅いものの、全体的な傾向として日本同様に急増していることがわかります。しかし、日本出願が2017年をピークに減少している一方、外国出願は、2019年に減少に転じた以外は増加傾向が続いています。外国出願の内訳を見てみますと、US、EP、KR、WO出願は2013年に増え始め、2015年以降は一定規模で出願が続いていますが、CN出願は2019年に一時的に減少した以外は2021年まで増加し続けており、2022年、2023年についても、未確定ながら増加していることがわかります。
ここで少し、世界の主要国の電源構成比を見てみたいと思います。
太陽光発電の割合が大きいのは、やはりドイツ、イギリスといった欧州です。しかしながら、EP出願の全体に占める割合は決して多くありません。そこで、EP出願の出願人の国籍を見てみました。
今回の母集団の中のEP出願637件のうち2割近くが日本の出願人によるものであることがわかりました。最近も、日本企業が欧州の国とペロブスカイト太陽電池の共同検討実施に関する覚書を締結したというニュースリリース(※5)が見られ、欧州における日本の存在感を感じます。
※5 積水化学工業株式会社ニュースリリース
https://www.sekisui.co.jp/news/2024/1399372_41090.html
4.2 出願人ランキング
次に、出願人ランキングを見ていきます。なお、ランキング作成にあたっては、グループ会社は名寄せを行い、共同出願はそれぞれの出願人を1件とカウントして集計しております。
まずは日本の出願人ランキングです。
日本の出願人ランキング上位10社のうち、積水化学工業、東芝、富士フイルム、パナソニック、カネカ、シャープは、前述したNEDOの開発事業の実施者であり、特にランキング1位の積水化学工業の出願推移は、日本の出願推移と傾向が重なるため、積水化学工業が日本におけるペロブスカイト太陽電池開発をリードしていることがわかります。
特徴的なのは3位の三菱ケミカルで、出願52件のうち、16件が大学との共同出願です。出願人に大学名が多く見られるのは、日本出願だけでなく外国出願にも見られ、この分野が現在基礎研究段階にあり、本格的な実用化に向けて今後さらに件数が延びる可能性が高いことを示しています。
続いて、外国の出願人ランキングを見ていきます。対象は、日本を除く5大特許庁及びPCT出願(US、EP、CN、KR、WO)としました。
外国は、上位10社中6社が中国の企業となりました。中国の圧倒的な出願件数からすると妥当ではありますが、その中において日本のパナソニックが2位、積水化学工業が9位につけている点は、注目に値します。
しかしながら、2020年以降の中国企業の出願件数の増加は目覚ましく、特に3位のHUANENG RENEWABLES(華能新能源)の2023年の出願件数は、未確定ながらも急増していることがわかります。中国は、2022年に再生可能エネルギー発展計画を策定し、全国の電力消費量の増加分に占める再生可能エネルギーの比率を50%以上に高めることや、風力及び太陽光による発電量を倍増させる目標を打ち出しました。(※5)中国国有電力会社「中国華能集団」の子会社であるHUANENG RENEWABLES(華能新能源)は、その影響を特に受けていることが推測されます。
※5 東洋経済 https://toyokeizai.net/articles/-/596051
5. 関連出願紹介
最後に、関連出願を紹介します。
ペロブスカイト太陽電池は、塗布技術で作製できることや、フレキシブルで軽量であるという特性から、これまで太陽光パネルを設置できなかった場所への実装を期待されています。そのようなニーズを踏まえ、直近の出願の中から、実装において特徴のある出願を2件ご紹介します。
トヨタ自動車株式会社
○特開2024-39144
特開2024-39144
「車両」
【課題】車体の側面に設けられた太陽電池パネルにおける発電量を向上させた車両を提供すること。
【解決手段】本発明の一態様に係る車両1は、車体の上面に取り付けられた第1の太陽電池パネル10a、10bと、車体の側面に取り付けられた第2の太陽電池パネル20a、20bと、を備えた車両である。第1の太陽電池パネル10a、10bを構成する太陽電池セル11の材料が、シリコン系材料であり、第2の太陽電池パネル20a、20bを構成する太陽電池セル21の材料が、CIS系材料又はペロブスカイト材料である。
【発明の効果】本発明により、車体の側面に設けられた太陽電池パネルにおける発電量を向上させた車両を提供できる。
UNIV XIDIAN(西安大学)
○CN117673185A
CN117673185A
“Laminated battery assembly packaged by covering yarn process, preparation method and wearable fabric”
<概要>本発明は、コア紡績糸技術によってカプセル化された積層型電池アセンブリを開示し、これは、積層されたサブ電池、導電性繊維コアワイヤ、および外側透明繊維を含む。積層されたサブバッテリ(1)はロブスカイト光吸収層を含み、導電性繊維コアワイヤを介して連続的に直列に接続される。本発明は、小型積層サブバッテリーを直列に接続し、外側の透明繊維を使用してそれらを一定の長さの紡績可能な糸に直接パッケージングするため、ウェアラブル太陽電池アセンブリを実現することができる。
【背景】従来のペロブスカイト/結晶シリコン積層型太陽電池は基板としてガラスを使用することが多く、剛直な構造のためウェアラブル分野には適していなかった。考えられる解決策の 1 つは、フレキシブル基板を使用してラミネートセルを作成することだが、フレキシブル構造のラミネートセルにはある程度の曲げ耐性があるにもかかわらず、延性、通気性、耐伸縮性が低いため、ウェアラブルデバイスへの応用は依然として厳しく制限されている。
【発明の効果】
1. 本発明は、コア紡績糸技術によってパッケージ化されたペロブスカイト/結晶シリコン積層セルアセンブリを提供する。外側に透明繊維を使用してパッケージ化され、ウェアラブルファブリックの基本ユニット(糸)に太陽光発電を統合することで、高効率のウェアラブル太陽電池アセンブリの統合が実現される。
2. 本発明により提供されるコア紡績糸技術によってパッケージ化されたペロブスカイト/結晶シリコン積層セルコンポーネントは、従来の意味での糸と同じであり、さらに紡糸プロセスによってウェアラブルファブリックに構築することができ、非常に高いファブリック統合の自由度を備えている。また、ラミネート型電池と小型電気機器(チップ等)を一本の糸に一体化することができ、ウェアラブル機器の機能・エネルギー供給一体化が実現される。
3. 本発明によって提供されるウェアラブルファブリックは、コア紡績糸技術によってパッケージ化されたペロブスカイト/結晶シリコン積層セルアセンブリを織ることによって形成されるため、太陽電池のファブリック統合がより大きなサイズで実現され、最大限の利用が実現される。
6. まとめ
日本発の技術である「ペロブスカイト太陽電池」ですが、その後世界競争が激しくなり、現在では中国の強さが目立っています。
国土面積が限られ、またエネルギー資源に乏しい日本にとって、ペロブスカイト太陽電池はその特性から、電源調達の救世主とみられています。今や日本政府は、ペロブスカイト太陽電池を、脱炭素の切り札というだけではなく、日本の国際競争力復活の切り札とも位置付け、世界に先駆けていち早く社会実装を実現するべく、多額の支援を続けています。2050年カーボンニュートラルに向け、石炭火力発電所の段階的廃止も10年後に迫る中、ペロブスカイト太陽電池に関する日本の特許出願の増加が期待されます。
調査1部 石戸谷