クラウドサービスという概念と特許検索

2022.12.01 | 調査コラム

本記事は、執筆時に調査した内容を元に掲載しております。最新情報とは一部異なる可能性もございますので、ご注意ください。

1. はじめに

 近年、AWSなどクラウド関連技術の社会への浸透が目覚ましく、特許調査の内容としてもクラウドに関わるテーマが増加傾向になることが予想されます。私も、クラウド関連の調査を行うことがありましたが、その時、分類、KWの選定ともに難しさを感じました。そこで今回は、何故クラウド関連の調査は難しいか、クラウドの定義、実社会でのサービスと、それが特許公報として、付与特許分類としてどのように表されるか考察しました。

2. クラウドとは何か

 クラウドと言う概念は、基盤として支えるネットワーク、コンピューター技術から、その上で提供されるサービスまで含む概念ですが、本コラムでは後者について検討します。
 総務省の白書では、

クラウドとは、「クラウドコンピューティング(Cloud Computing)」を略した呼び方で、データやアプリケーション等のコンピューター資源をネットワーク経由で利用する仕組みのことである。
(※太字筆者)

総務省平成30年度版情報通信白書 クラウドサービスの概要

とされています。

Microsoft Azureのサイトにおいては、

Simply put, cloud computing is the delivery of computing services-including servers, storage, databases, networking, software, analytics, and intelligence-over the Internet (“the cloud”) to offer faster innovation, flexible resources, and economies of scale. You typically pay only for cloud services you use, helping you lower your operating costs, run your infrastructure more efficiently, and scale as your business needs change
(筆者翻訳:「簡単にいうと、クラウドコンピューティングとは、サーバー、ストレージ、データベース、ネットワーク、ソフトウェア、アナリティクス、インテリジェンスなどを含むコンピューティングサービスをインターネット(”クラウド”)上で提供し、より迅速なイノベーション、柔軟なリソース、規模の経済を提供することである。通常クラウドサービスは利用した分だけ支払うため、運用コストの削減、インフラの効率的な運用、事業の要求の変化に応じた増減が可能になる。」)
(※太字筆者)

Microsoft AzureウェブサイトWhat is cloud computing?

とされています。

図2 Microsoft Azure Portalログイン画面

 総務省ではコンピューター「資源」となっている部分がMicrosoftではコンピューティング「サービス」となっています。
 総務省とMicrosoft Azureの概念を合わせると、クラウドとは「ネットワーク経由」で「資源/サービスを利用/提供する」ものであるということがいえます。
 さらに、「資源/サービスを利用/提供する」ことについて、通常「利用/提供」とは例えばAWSがアカウント登録することで提供されるように、「他人との間」での「利用/提供」を意味します。
プライベートな領域内で提供されるクラウドも存在しますが、今回は議論を簡単にするためにのぞきます。
 これら2つの概念の複合体であることにより、「クラウド」は、単なるネットワーク技術や、旧来型の資源/サービスの利用/提供から区別されえます。
 これを踏まえて、クラウドコンピューティングで提供される個別具体的なサービスは、「クラウド」*「資源/サービスの内容
つまり
ネットワーク経由」*「資源/サービスを他人間で利用/提供する」*「資源/サービスの内容
の3つの概念の掛け合わせとなります。

図3 クラウドを構成する概念

3. 特許分類(FI)H04L67/00「ネットワークサービスまたはネットワークアプリケーションを支援するためのネットワークの配置またはプロトコル」について

H04L67/00「ネットワークサービスまたはネットワークアプリケーションを支援するためのネットワークの配置またはプロトコル」

 ここで先に特許分類(FI)、H04L67/00について説明します。H04L67/00が比較的クラウド関連の公報に多くついている印象があり、検索に有用なのではと思われたためです。
 H04L67/00はIPC2022.01改正を受けて、FIサブクラスH04L「デジタル情報の伝送,例.電信通信」に加わった一連のネットワーク関連のメイングループの一つです。追加の意図に関しては、2018/12/12付けのEPO提案の「Request for Revision of the IPC」において、

Data switching networks are not adequately covered by the IPC. This project provides for new main groups schemes for this technology, based on existing CPC subdivisions.
(筆者翻訳:データ交換ネットワークは、IPCによって十分にカバーされていない。このプロジェクトは、既存のCPCサブディビジョンに基づいて、この技術の新しいメイングループのスキームを提供する。)

WIPOウェブサイト,international Patent Classification,Project F075 (SUSPENDED)

とあります。

 調べたところ、最上位のH04L67/00は主に、旧FI、G06F13/00,351「1以上の遠方ステ-ショヨンからのデジタル入力、またはそのようなステ-ションへのデジタル出力」(2021年10月廃止)の下位分類の多くの廃止後の移行先として付与されているようです。
 H04L67/00の第一階層には

H04L67/01「・プロトコル」、
H04L67/14「・セッション管理」、そして
H04L67/50「・ネットワークサービス」

等があり、経緯からもネットワーク技術を対象として設けられた分類ではあり、特に下位の「・ネットワークサービス」は一見クラウド検索に有用であるように見受けられます。ただ、サブグループ以下をみると、クラウドに当てはめた場合、その上で提供されるサービスよりは、支えるネットワーク技術に対応する分類です。
 参考として、H04L67/00が付与されている公報は、最近では図のような企業が出願しています。

図4 (参考)H04L67/00付与公報の主要出願人(出願日2019/1/1~2022/10/28)

4. クラウド実サービスの出願から検索方法を逆検討

4.1 実サービス

 今回は、分類の有用性を検証するために、仮想の調査対象として、まず第一に「クラウドスマートホームサービス」及び「クラウド顔認証」を設定します。選択の理由は、実社会の製品として、明確にクラウドを謳ったものがいくつかあるため、特許文献化されたそれらとの対比により分類、キーワードの有効性が判断できるためです。
 例えば、「クラウドスマートホームサービス」では、SHARPのHEMSが挙げられます。

HEMS(ヘムス)とは?
「Home Energy Management System(ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)」の略。家庭内のエネルギーの使用量の「見える化」と、家電・住設機器を「制御」することにより、エネルギーの管理・節約ができます。」

SHARP HEMSウェブサイト
図5 SHARP HEMS製品ラインアップ ※SHARP HEMSウェブサイト

 クラウド連携エネルギーコントローラ(HEMS)と、明確に「クラウド」が掲げられており、家電、蓄電池等のデータをクラウドサーバに送って管理し、AIによる分析等も提供することが示されています。
 「クラウド顔認証」では、パナソニックの顔認証クラウドサービス「KPASクラウド」があります。

これらが、特許文献となったときどのように表現され、またどんな分類が付与されうるでしょうか。

4.2 クラウドスマートホームサービスの公報例

4.2.1 公報概要

 「クラウドスマートホームサービス」系の公報について、前述のシャープのHEMSとクラウド連携をする給湯器リモコンを販売している、ノーリツの出願、特開2022-97296を見てみます。

図7 特開2022-97296【図1】

【公開番号】特開2022-97296
【発明の名称】給湯装置および給湯システム
【出願人】株式会社ノーリツ
【要約】「【課題】給湯装置の保守に関連して利用されるデータをサーバへ送信する機能を実現する際に、サーバに掛かる通信負荷を軽減できる給湯装置および給湯システムを提供する。」
【0043】「外部通信網40には、給湯装置10に対する遠隔制御の管理などを行うためのサーバ50が接続されている。台所リモコン13は、ルータ20および外部通信網40を介して、サーバ50と通信を行う。携帯端末装置30が宅内H10に存在する場合、携帯端末装置30は、ルータ20および外部通信網40を介してサーバ50と通信を行う。」

特開2022-97296

 と、家庭から外部、おそらく事業者のサーバにネットワークを介してデータを送り、処理する「クラウド」の定義に当てはまる蓋然性は高いものです。

4.2.2 特許分類(FI)

 FIについては、公報発行時に、

F24H1/00H「水加熱器,例.ボイラ,連続フロー式加熱器または貯湯式加熱器/操作及び遠隔操作」
(旧分類、F24H15/40流体加熱器の制御/コントロ-ラの型式に特徴のあるものに移行)
G06F13/00,351N「中央処理装置等とのインタ-フエ-ス」
(旧分類、H04L67/00に移行)

が付与され、
その後、

H04L43/00「データ交換ネットワークを監視または試験するための配置」
及び
H04L67/00「ネットワークサービスまたはネットワークアプリケーションを支援するためのネットワークの配置またはプロトコル」

が付与されています。

 整理すると、給湯器という概念とネットワークという概念に分類がついています。
 これは「ネットワーク経由」*「資源/サービスを他人間で利用/提供する」*「資源/サービスの内容」のうち、「ネットワーク経由」と「資源/サービスの内容」にあたり、どの分類も、「資源/サービスを他人間で利用/提供する」というクラウドの概念を含むものではありません。
 ちなみに本出願に付与されていないですがスマートホーム系の分類としては、例えば、

H04Q9/00「遠隔制御システムまたはテレメータシステムにおいて一つのメインステーションから一つのサブステーションを選択的に呼び出すための配置であって,そのサブステーションは対象となる装置を選択して,その装置に制御信号を印加し,またはその装置から測定値を得るもの」
H04M11/00,301「他の電気システムとの結合のために特に適合した電話通信方式/遠隔制御,遠隔監視に適合されたもの、あるいは2021年10月付与開始のH04L12/28,500家電ネットワークにおける家電機器間の通信・連携制御」

等がありますが、いずれもネットワーク利用止まりであり、クラウドまで限定された概念を有するものではありません。

4.2.3 キーワード

 明細書中にキーワードとして「クラウド」は出てきません。「ネットワーク経由」で「資源/サービスを他人間で利用/提供する」概念に分解したとき、「ネットワーク経由」関連のキーワードとしては、「外部通信網」「サーバ」「携帯端末装置」等があり、「資源/サービスを他人間で利用/提供する」については、明示はされていませんが、

【0076】「給湯システム1は、携帯端末装置30から給湯装置10を遠隔制御(遠隔操作)する機能や給湯装置10の設定情報等の状態情報を、サーバ50を介して携帯端末装置30に送信する機能」

特開2022-97296

の部分があたると思われます。

4.2.4 本公報と類似文献の検索方針

 実際に「クラウド連携する給湯器」を検索するときには、「ネットワーク」と「給湯器」の分類及びキーワードを掛け合わせて、さらに単にネットワーク経由で通信しているだけのものをのぞくために、そこに「資源/サービスを他人間で利用/提供する」をキーワードで掛け合わせる必要があります。この観点については、本公報のように、実際のクラウドサービスの出願と思われる場合でも明示されていないこともあり、キーワードを限定しすぎないように注意する必要がありますが、どうしてもノイズは多くなることが予想されます。

4.3 クラウド顔認証の公報例

4.3.1 公報概要

 「クラウド顔認証」について、顔認証クラウドサービスを行っているパナソニックの出願である、特開2022-113749を見てみます。

図8 特開2022-113749【図1】

【公開番号】特開2022-113749
【発明の名称】顔認証システムおよび顔認証方法
【出願人】パナソニックIPマネジメント株式会社
【要約】「(前後略) 複数の顔認証機1と顔照合サーバ6とがネットワークを介して接続され、複数の顔認証機において、カメラ11により対象者を撮影し、カメラ11より取得した画像データに含まれる顔領域を検知し、一つの画像データから複数の顔領域が検知された場合に、顔認証の対象となる顔領域を選択し、その選択された対象者の顔画像データを顔照合サーバへ送信し」
(※太字筆者)

特開2022-113749

とある、顔認証クラウドサービスの出願です。

4.3.2 特許分類(FI)

 さて、特開2022-113749のFIですが、

G06F21/32「不正行為から計算機,その部品,プログラムまたはデータを保護するためのセキュリティ装置/ユーザーの認証/生体データを用いるもの」
G06T7/00,510F「イメージ分析/イメージ処理による個人照合システム/個人照合/顔照合」
G06V40/16,A「イメージまたはビデオデータにおける生体認証パターン,人間に関連するパターンまたは動物に関連するパターンの認識/人間または動物の身体,例.車両の乗員または歩行者;身体の部分,例.手/人間の顔,例.顔の部分,スケッチまたは表情/顔を認証するもの」

と、3つ全て顔認証の観点に対して与えられており、ネットワークの観点に対するFIは一つもありません。

4.3.3 キーワード

 この文献に関しては、

【0020】「顔認証サーバ3(クラウドサーバ)」   

特開2022-113749

 とあり、「クラウド」のキーワードで検索することはできます。しかし同様の文献で( )内なしで、顔認証サーバ、とだけ言っている場合も考えられ、また一般的に「クラウドサーバ」という表現だけでは、サーバがクラウド化されている、つまり「ネットワーク経由」であることを判断できるにとどまり、「資源/サービスを他人間で利用/提供する」ことまでは確定できません。

【0135】「顔管理サーバ5では、管理者のログインを受け付けた際に、ログインした管理者の管理者グループ(管理者種別)を取得して、その管理者グループと、対象となる利用者が属するアクセス許可グループとに基づいて、利用者の情報に対するアクセス(参照、更新および削除)の可否を判定して、利用者の情報に対するアクセスを許可する。」
(※太字筆者)

特開2022-113749

との記載がむしろ「ネットワーク経由」*「資源/サービスを他人間で利用/提供する」をよく表しているといえます。

4.3.4 本公報と類似文献の検索方針

 本文献に関しては、FIではネットワークの観点はなく、キーワードで補わざるをえません。また、キーワードでは「クラウド」が用いられていますが、上記の理由からサービスそのものはクラウドでないノイズが増えるだけでなく、同様の発明でクラウドサーバを単に「サーバ」と言っている場合は拾えないことになり、「ネットワーク」及び「資源/サービスを他人間で利用/提供する」の観点を適宜キーワード、例えば「アクセス許可」等で補う必要があります。

5. まとめ

 クラウドは、「ネットワーク経由」*「資源/サービスを他人間で利用/提供する」*「資源/サービスの内容」という従来技術から複合的に構成された概念であるところ、実社会のクラウドサービスと対応した公報をみたときに、必ずしも「クラウド」という一つのキーワードや一つの分類では表されないことが判明しました。
 H04L67/00「ネットワークサービスまたはネットワークアプリケーションを支援するためのネットワークの配置またはプロトコル」については、下位にH04L67/50「・ネットワークサービス」もあり、「ネットワーク経由」*「資源/サービスを他人間で利用/提供する」の上位概念に該当し、クラウド関連の検索をしたときに比較的付与されている印象がありますが、現状は積極的に付与されているのではなく旧G06F13/00,351以下の分類の廃止後対応する細分化した分類がないために移行先として上位概念が付与されているにすぎないようです。

 しかし、クラウドの、特にサービス内容についての発明である場合、「ネットワーク経由」*「資源/サービスを他人間で利用/提供する」にH04L67/00が必ず付与され、そこに追加して「資源/サービスの内容」を表すFIが付与されていれば、検索しやすいのではないかと思いました。

 クラウドと似たような複合的概念で表される分野、例えば、IoT分野については、以前は特許庁はファセットZITを設けることで対応し、現在はFI、G16Yが用いられています。G16Yについては、下記のように義務的付加分類であるという説明があります。

義務的付加分類であり、IoTの観点を含むときに、義務的に補足的に分類され

特許庁 IoT関連技術に関する日本特許分類(FI)G16Yの新設について

G16Y「モノのインターネット[IoT]に特に適合される情報通信技術」

 これはIPCに準拠した運用ですが、クラウドについても、H04L67/00等が義務的付加分類として用いられたら便利であると感じました。
 クラウドに限らず、ネットワークやソフトウェア技術が発達し、抽象的な概念で表される発明が多数存在する今、特許調査員として、その抽象的な概念が公報の分類、キーワードとしてどのように分解し表現されるか、しっかり分析した上で検索していくことが重要であると考えます。

以上

調査事業部 加藤

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