「空飛ぶクルマ」の開発・知財動向
2025.07.01 | 調査コラム
目次
1. はじめに
このコラムでは、次世代航空モビリティとして注目される「空飛ぶクルマ」(eVTOL)について、日本、米国、欧州、中国を対象に、グローバルな動向の全体像を示すとともに、とりわけ知的財産戦略の視点から各国・地域の今後の見通しを明らかにすることを目的とする。
「空飛ぶクルマ」は、2040年までに世界で約160兆円規模の市場が形成されると見込まれており、2025年に開催されている大阪・関西万博においても、イベントや展示を通じて特に大きな注目を集めている。
本コラムでは、日本を含む主要国の政府による政策、開発状況、実用化分野の動向を整理し、「空飛ぶクルマ」に関連する技術分野の全体像を提示する。
さらに、主要各国の特許出願の動向、主要プレイヤー、注目すべき特許の分析を通じて、技術革新と市場競争が加速する「空飛ぶクルマ」産業において、知的財産戦略が果たす重要な役割および今後の展望を明確にする。
2. 「空飛ぶクルマ」とは
「空飛ぶクルマ」とは、少人数で乗車でき、自動車のように日常的に利用可能な、空中を移動する次世代の乗り物を指す。一般的には電動で垂直に離着陸できる「eVTOL(Electric Vertical Take-Off and Landing aircraft)」が主流で、従来のヘリコプターと比べて騒音が少なく、二酸化炭素を排出しない環境性能や、自動運転機能による運航コストの低減が特徴とされている。この「空飛ぶクルマ」は、都市部の渋滞解消や過疎地・離島への物資輸送、観光や緊急医療など、幅広い用途での社会実装が期待されており、AIやドローン技術の進化を背景に、世界中で実用化に向けた開発が加速している。
2025年に開催されている大阪・関西万博では、「空飛ぶクルマ」が未来社会ショーケース事業の目玉の一つとなっており、実際にデモフライトや展示が行われている。会場内には「空飛ぶクルマ ステーション」が設置され、来場者は最新のモビリティ体験や機体の展示を通じて、近未来の移動体験を直に感じることができる。大阪万博は、日本における「空飛ぶクルマ」社会実装の大きな節目になるとされている。
[出典]
「【万博60秒解説】ガイドブック未掲載?! 最新パビリオン「空飛ぶクルマ・ステーション」が爆誕
~空クルがある日常を我が身で体験しよう~」(2025年3月)
大阪・関西万博公式サイト「Advanced Air Mobility空飛ぶクルマ」
3. 各国の開発・実用化の動向
3.1 日本
(1)政策動向
日本政府は、「空飛ぶクルマ」(eVTOL)の実用化に向けて積極的な政策を展開している。2018年に「空の移動革命に向けた官民協議会」を立ち上げ、民間企業と協力して制度整備や市場形成を進めている。この協議会は、未来投資戦略2018「Society 5.0」「データ駆動型社会への変革」に基づいて設立され、2022年3月には「空の移動革命に向けたロードマップ」の改訂版を公開した。
日本では「空飛ぶクルマ」、特にeVTOLは航空法上の航空機として位置づけられており、安全性確保のための法整備も進められている。2023年3月31日には「空飛ぶクルマに関する基準の方向性の整理」が、2024年4月23日には「既存ヘリポートでのVTOL機の運航について」の指針が発表され、規制の枠組みが徐々に明確化されつつある。
(2)開発状況
日本では自動車メーカーや航空機産業、ベンチャー企業、投資ファンドなど、様々な分野の企業が「空飛ぶクルマ」の研究開発に参画している。政府のロードマップによれば、日本の「空飛ぶクルマ」開発は2025年から本格化する予定であり、2022年から試験飛行や実証実験が進められている。
具体的な開発スケジュールとしては、2025年の大阪・関西万博での実証が大きなマイルストーンとなっており、その後、2020年代後半から商用運行の拡大、2030年代以降にはサービスエリアや路線・便数の拡大が計画されている。技術面では、安全性・信頼性の確保、自律運航技術、電動推進技術の開発が重点的に進められている。
(3)実用化分野
日本における「空飛ぶクルマ」の用途として、以下が想定されている。
・都市の渋滞を避けた通勤、通学や通園用の新たな移動手段
・離島や山間部での新しい移動手段
・災害時の救急搬送や迅速な物資輸送
・観光用の遊覧飛行
特に2025年の大阪・関西万博では、「認知度の向上や商業レベルでの物流・旅客輸送の実現」が目標として掲げられている。2025年以降もサービス拡大や救急輸送サービスの実証実験が進み、2030年には都市部での旅客輸送が本格化する見込みである。
[出典]
国土交通省「空の移動革命に向けた官民協議会」
「Advanced Air Mobility in JAPAN 2021 Our Development and Beyond」
「空飛ぶクルマとは?デザインやメリット、実用化に向けた課題、ロードマップをご紹介」(2023年7月)
3.2 米国
(1)政策動向
米国では、eVTOLの商業運航に向けた法整備が進展している。
2024年10月、連邦航空局(FAA)は、電動エアタクシーの商業化を後押しする新たな規則を発表した。これにより、eVTOLはヘリコプター以来の新たな民間航空機カテゴリーとして認定され、2025年からの運航開始が可能となる見通しである。また、FAAは、eVTOLのパイロットに対する訓練および認証制度についても包括的な規則を整備し、安全な運用体制の確立を図っている。
加えて、米国運輸省(DOT)は、次世代エアモビリティ(AAM)の国家戦略の策定を進めており、パブリックコメントの募集や関係機関との連携を通じて、自動化技術やインフラ整備などの課題に取り組んでいる。
(2)開発状況
米国はeVTOLベンチャーの中心地であり、この5年間で多くの企業が試作機の飛行や認証プロセスを着実に進めてきた。なかでも、カリフォルニア州に本拠を置くJoby Aviationは、業界をリードする存在となっている。
同社は、2020年のトヨタ自動車による大型出資や、UberのeVTOL事業「Uber Elevate」の買収を経て、5人乗り機「S4」の試験飛行を重ねてきた。そして2022年には、FAA(連邦航空局)から航空運送事業者(Part 135)の認証を取得し、商業運航に向けた準備を進めている。
さらに、BETA Technologiesは旅客・貨物両用のeVTOL機体を開発中であり、大手物流企業UPSが最大150機の購入オプションを設定するなど、商業化に向けた動きが活発化している。
(3)実用化分野
・交通・物流:主要都市ではヘリコプターによる空港アクセス等が既に存在するため、eVTOLによる都市間・都市内のエアタクシーがまず想定されている。アラスカ州でも遠隔地コミュニティへの物資輸送や住民輸送に期待が寄せられている。
・軍事:Joby Aviationは米空軍と最大1億3,100万ドル規模の契約を締結し、南カリフォルニアのエドワーズ空軍基地に初のeVTOL機を納入した。
[出典]
「連邦政府、米国で電動エアタクシーサービス開始の規則を承認」(2024年10月)
「米運輸省、空飛ぶクルマの実用化に向け、パブコメの募集開始」(2023年5月)
「FAA finalizes pilot training, certification rules for air taxis」(2024年10月)
「第6回宇宙航空マーケティング研究報告会レポート「空飛ぶクルマのマーケティング」」(2022年10月)
「Joby Aviation Reports 2023 Earnings, Achieves Key Air Taxi Certification Milestone」(2024年2月)
「Flying Car Leaders: Archer & Joby Aviation」(2024年4月)
「UPS and BETA granted license to test electric flight deliveries」(2023年3月)
「ニューヨークで空飛ぶタクシー 米新興、空港移動で検討」(2025年4月)
「元Airbusチームの電動航空機はハイブリッド型、600億円超受注」
3.3 欧州
(1)政策動向
欧州では、EU(欧州連合)および各国政府が協調して、「Urban/Innovative Air Mobility(UAM/IAM)」の実現に向けた環境整備を進めている。欧州航空安全機関(EASA)は、2019年に世界初となるeVTOLに関する型式基準「特別条件VTOL(SC-VTOL)」を公布し、それ以来、機体認証の具体的な基準や運用ルールの策定を主導している。2022年には、操縦者免許および運航ルールに関する規則案(NPA 2022-06)を公表し、さらに2024年には更新提案(NPA 2024-01)も発表するなど、制度整備を加速させている。
EUレベルでは、「スマートモビリティ戦略」にUAMが位置付けられており、欧州委員会は2022年にゼロエミッション航空連合(AZEA)を発足させ、電動航空機の技術開発および標準化を支援している。
(2)開発状況
欧州ではeVTOLの開発が活発に進められているが、企業によって進捗には差が見られる。
フランスのAirbusは、現在開発中のeVTOL「CityAirbus NextGen」およびその研究開発施設を公開し、3?4人乗りの「空飛ぶクルマ」事業への参入に向けて着実に歩を進めている。
ドイツのVolocopterは、「VoloCity」と「VoloRegion」の開発を進め、2024年のパリオリンピックでの運用を目指していたが、型式証明の取得が間に合わず、デモ飛行にとどまった。さらに、同年12月にはドイツで破産手続きを申請した。その後、2025年3月には、中国の自動車部品大手、万豊奥特(Wanfeng Auto)の傘下にあるオーストリアの軽飛行機メーカー、Diamond Aircraft Industriesが統合すると発表した。
同じくドイツのLiliumは、7人乗りの「Lilium Jet」を開発中であり、サウジアラビアのSaudia Groupと最大100機の販売契約を締結したものの、バイエルン州からの融資保証が得られず、2024年10月に破産手続きを申請した。
(3)実用化分野
・交通:英国では、Joby AviationとVirgin Atlanticが提携し、ロンドン・ヒースロー空港やマンチェスター空港を起点としたeVTOL航路の構築を計画している。都市間輸送や空港アクセスといったニーズに対し、静粛性とゼロエミッションを特長とするeVTOLは有力な解決策となるとされている。
・観光:フランスでは、Volocopterがパリオリンピックに合わせてセーヌ川沿いにバーティポートを整備し、観客輸送の実証を計画していた。しかし、上述のとおり機体認証の遅れにより、本格運航には至らなかった。
・医療:ドイツでは、Volocopterと救急航空団体ADAC Luftrettungが連携し、医療用搬送へのeVTOL活用に向けた実証が進行中である。これにより、都市内の緊急医療体制の再構築が期待されているが、2024年12月から2025年3月にかけての破産手続き・統合発表後の動向が注目される。
[出典]
「空飛ぶクルマの法規制動向」(2024年3月)
「エアバスが空飛ぶクルマ事業に参入へ。eVTOLプロト「CityAirbus NextGen」を公開」(2024年3月)
「Volocopter runs operational test flights during Olympics 2024」(2024年8月)
「国交省航空局、破産を申請したヴォロコプターの型式証明審査を継続」(2025年1月)
「Saudia Group signs global agreement with Lilium」(2024年7月)
「Lilium to file for insolvency」(2024年11月)
「Joby Aviation and Virgin Atlantic partner for UK air taxi service」(2025年3月)
「ADAC Luftrettung to Collaborate with Volocopter on Next-Generation eVTOL for Emergency Medical Services」(2023年6月)
「独ヴォロコプター、中国ワンフェン系オーストリア企業、ダイヤモンド・エアクラフトが統合へ」(2025年3月)
3.4 中国
(1)政策動向
中国政府は、「低空経済」を国家戦略の一環として位置づけ、積極的な政策支援を行っている。2019年の「交通強国建設綱要」や2021年の「第14次五カ年計画」では、都市間移動の高速化や三次元交通ネットワークの構築が掲げられ、eVTOLの導入が想定されている。
さらに、2023年10月に発表された「グリーン航空製造業発展綱要(2023~2035年)」では、2025年までにeVTOLの試験運航を実現し、2035年までに安全かつ環境に優れた航空輸送システムを構築する目標が示されている。地方自治体もこの動きに呼応し、上海市や合肥市などがeVTOL関連産業の集積を図る政策を打ち出している。これらの政策は、eVTOLの商業化を加速させる基盤となっている。
(2)開発状況
中国では、複数の企業がeVTOLの開発を進めており、技術革新と市場競争が激化している。
広州市に本拠を置く億航智能(EHang)は、eVTOL「EH216-S」の型式証明と生産許可証を取得し、量産体制に入っている。2024年には、広東省や安徽省などで「低空経済モデル都市」の構築を計画している。
上海の峰飛航空科技(AutoFlight)は、貨物輸送用の「V2000CG凱瑞鴎」や、5人乗りの「V2000EM盛世龍」を開発しており、2025年2月には武漢市の企業から12機を受注した。2026年の商業飛行開始を目指している。
自動車メーカー・小鵬汽車の関連会社である小鵬匯天(Xpeng AeroHT)は、地上走行と飛行の両方が可能な「Land Aircraft Carrier」を開発し、すでに3,000台の予約を受けている。価格は20万~30万ドルとされ、個人向け市場への展開を図っている。
(3)実用化分野
中国におけるeVTOLの実用化は、都市交通、物流、防災など、さまざまな分野で進展している。
・交通:AutoFlightは、深セン市と珠海市間の都市間移動を想定した飛行テストを実施し、eVTOLが都市間の高速移動手段として有望であることを示している。
・物流・防災:EHangは、貨物輸送用モデル「EH216-L」を開発し、都市内物流やラストマイル配送への応用を目指している。
[出典]
「China’s Low-Altitude Economy Builds Path for eVTOL Air Taxi Services」(2025年2月)
「億航智能、空飛ぶクルマの生産許可証を取得」(2024年4月)
「上海峰飛航空科技、「空飛ぶクルマ」12機を約33億円で受注」(2025年2月)
「小鵬匯天、2026年に空飛ぶクルマの納車開始」(2025年4月)
「AutoFlight、世界初エアタクシーで都市間デモフライトに成功。車で3時間の距離を20分で飛行」(2024年2月)
「空飛ぶクルマ「米中の雄」特許分析、中国は次世代の主導権狙いか」(2024年8月)
4. 知財動向
4.1 調査概要
本調査では以下のような調査概要の下、特許母集団を作成した。
・調査対象国:日本、米国、欧州、中国
・検索式:航空機に関連する特許分類を用いて、「空飛ぶクルマ(eVTOL/電動垂直離着陸機)」に関するキーワードと掛け合わせた。
・母集団:2930ファミリ(上記4か国合計)
<使用特許分類>
IPC:B64C 飛行機;ヘリコプタ
IPC:B64D 航空機の装備;飛行服;パラシュート;航空機への動力装置または推進伝達機構の配置または取り付け
CPC: Y02T50/60 航空学または航空輸送 > 航空機用などの効率的な推進技術
<「ドローン」の除外について>
「空飛ぶクルマ」と「ドローン」の航空法上の違いとして、「ドローン」は無人航空機、空飛ぶクルマは航空機という扱いで区分されることから、下記のような方針とした。
・ドローン(Drone)、UAV(Unmanned Aerial Vehicle)系のキーワード不使用
・特許分類B64U(無人航空機[UAV];無人航空機用の装置)の不使用
[出典]
「(取材)国土交通省|大阪・関西万博も迫る。安心安全な「空飛ぶクルマ」実現に向けた制度設計とは」(2025年5月)
4.2 出願動向
各国・地域の近年の出願動向として、ここ10年(2016年以降)の出願件数の推移を見てみると、いずれも右肩上がりの増加傾向にあることが共通している。直近の2024年の出願件数(※件数は未確定)では、米国が1位(669件)となっており、これに中国(535件)、欧州(329件)、日本(242件)が続いている。
国別に見ると、米国では、2016年から2024年(件数は未確定)までに15倍を超える増加率を示しており、最も件数の少ない日本でも同期間で13倍以上の増加となっている。
一方で中国は、同期間で約7倍の増加率にとどまっているものの、2016年時点では4つの国・地域の中で最も出願件数が多く(79件)、比較的早い段階から一定数の出願が行われていたことがわかる。また、中国の出願では「ドローン(Drone)」や「Unmanned Aerial Vehicle(UAV)」とだけ記載されている出願も多く、これらを「ドローン」と「空飛ぶクルマ」に共通する汎用技術の出願と見なした場合、実際の出願件数は相当数に上ると考えられる。(ただし、今回の検索では「空飛ぶクルマ(eVTOL/電動垂直離着陸機)」に焦点を当てているため、「ドローン(UAV)」関連のキーワードは除外している。)
4.3 主要出願人と注目特許
4.3.1 日本
(1)主要出願人
日本では、本田技研工業(Honda Motor Co., Ltd.)とデンソー(Denso Corporation)の出願件数が突出していることがわかる。本田技研工業は2021年に独自のeVTOL計画を発表し、ハイブリッドエンジン型eVTOLに関する出願を進めている。デンソーは、ドイツのLiliumや米国のHoneywellとの協業において、電動推進システムの供給を行っている。
日本への出願では日系の大手メーカーが目立つ一方で、Boeing(Boeing Co.)やJoby Aviation(Joby Aero Inc.)といった米国の出願人も上位に見られる。
[出典]
「空飛ぶクルマをつくる!Honda eVTOL用パワーユニット開発に挑戦する技術者一人ひとりの想い」(2023年8月)
「F1より難関 ホンダが「空飛ぶクルマ」で目指す革新」(2022年9月)
「業界騒然の空飛ぶクルマ向けモーター、デンソーに聞いた高出力密度のワケ」(2024年1月)
(2)注目特許
■特許7342523(株式会社デンソー)
機体の重心に対して対称位置のロータを使ってバランスを取ることで、安全かつ安定な地上試験を可能にする制御方式
本件特許は、日本・米国・欧州・中国にファミリを有している。
【発明の名称】電動垂直離着陸機および電動垂直離着陸機の制御装置
特許7342523
【登録日】 2023/9/4(出願日:2019/8/28)
【請求項1】
ロータ(30)を回転駆動させる駆動用モータ(12)を有する複数の電駆動システム(10)を備える電動垂直離着陸機(100)の制御装置(50)であって、
前記複数の電駆動システムのうち試験対象となる前記電駆動システムである試験対象システム(18)に対して前記ロータを回転駆動させることを含む機能試験を実行する際に、前記電動垂直離着陸機を鉛直方向に見たときに前記試験対象システムに対して機体重心位置(CM)を対称中心とした点対称の位置または前記機体重心位置を通る機体軸(AX)を対称軸とした線対称の位置にある前記電駆動システムである対称システム(19)と、前記試験対象システムと、におけるそれぞれの前記駆動用モータの回転数を互いに同じに制御し、且つ、それぞれの前記駆動用モータの回転方向を互いに反対方向に制御するバランス制御処理を実行する、
電動垂直離着陸機の制御装置。
4.3.2 米国
(1)主要出願人
米国では、Beta社(Beta Air LLC)が出願件数で大きくリードしており、Honeywell社(Honeywell International Inc.)がこれに続いている。日系商社の双日は2022年にBeta社への出資に合意し、空飛ぶトラックによる新たな物流の可能性を模索している。
また、ランキングの1位および2位は米国の出願人であるが、上位には日系の本田技研工業やデンソー、さらには韓国のHyundai(Hyundai Motor Co.)なども確認されており、米国における出願件数の増加は、必ずしも米国企業のみが牽引しているわけではないことがわかる。
[出典]
「双日と組んだ空飛ぶトラック 米ベータ、600kgを運ぶ」(2024年11月)
(2)注目特許
■US11592841(BETA AIR LLC)
eVTOL機の飛行中に発生する飛行部品の故障をリアルタイムで検出・対応するシステム
ランキング1位のBetaは基本的に米国以外への出願は多くなく、EP、WO(国際出願)およびわずかながらBR(ブラジル)へのファミリ出願が散見される程度である。この特許はBeta社の出願の中で最も多く引用されている。
【発明の名称】In-flight stabilization of an aircraft
US11592841
【発行日】 2023/2/28(出願日:2019/12/13)
【請求項1】(機械翻訳)
飛行中の安定化のためのシステムであって、前記システムは、電動垂直離着陸機に機械的に結合された複数の飛行部品であって、前記電動垂直離着陸機は固定翼部品を含む、と、
前記電動垂直離着陸機に機械的に結合されたセンサであって、前記センサは、
前記電動垂直離着陸機の飛行部品の故障事象を検出することと、
前記電動垂直離着陸機の飛行部品の故障データを生成することと、
前記センサに通信接続された機体コントローラであって、
前記機体コントローラは、
前記センサから前記電動垂直離着陸機の飛行部品の故障データを受信することと、
前記故障データは、前記電動垂直離着陸機の少なくとも1つの飛行部品に関連する方向制御の不具合を含み、
前記方向制御の不具合は、不正確なせん断応力を含む、と、を備える。故障データに基づいて、複数の飛行部品のうちの少なくとも1つの飛行部品によって実行される緩和対応を生成する。ここで、緩和対応は、少なくとも1つの代替故障データシナリオに適用可能な、複数の飛行部品のうちの少なくとも1つの飛行部品のための少なくとも1つの代替制御アルゴリズムを含む。そして、複数の飛行部品のうちの少なくとも1つの飛行部品を起動する。ここで、複数の飛行部品のうちの少なくとも1つの飛行部品を起動することは、さらに、緩和対応を実行することを含む。
4.3.3 欧州
(1)主要出願人
欧州では、米国のHoneywell社が出願件数でトップとなっている。2位にはドイツのLilium(Lilium Aircraft GmbH)が確認されるが、3位には米国のBoeing(Boeing Co.)、4位には日本のデンソーが入り、欧州以外の出願人が目立つ状況となっている。
なお、Lilium社および同じくドイツのVolocopter社(Volocopter GmbH)は、2024年後半に破産手続きの申請を行っており、「空飛ぶクルマ」業界は淘汰の時代に入りつつある。その影響は、特に欧州のメーカーにおいて顕著に表れている。
[出典]
「欧米の光と影、淘汰が始まる空飛ぶクルマ」(2025年2月)
(2)注目特許
■EP3998687B1(LILIUM EAIRCRAFT GMBH)
航空機の電源ネットワークにおける高信頼性とスマートな障害対応能力を提供する電力配電システム
Liliumは、中国をはじめとしてグローバルな出願戦略を特徴としている。この特許は日本、米国、欧州、中国の他に、インド、韓国、ブラジルなどにファミリを有している。
【発明の名称】ELECTRICAL FAULT ISOLATION IN A POWER DISTRIBUTION NETWORK OF AN AIRCRAFT
EP3998687B1
【発行日】 2024/05/15(出願日:2021/5/19)
【要約】(機械翻訳)
航空機の電力システム(300)の電力分配ネットワーク(306)は、電気負荷(AA、BB、CC、DD)に対して電源(A、B、C、D)にわたって負荷分担を提供するように、少なくとも1つの通常動作モードで動作され、電力分配ネットワーク(306)は、電気故障の場合、電気故障を含む電力分配ネットワーク(306)のネットワーク部分が電力分配ネットワークの少なくとも1つの他のネットワーク部分から分離されるように、電気故障分離を提供する少なくとも1つの電気故障軽減動作モードで動作される。
4.3.4 中国
(1)主要出願人
中国では、上海沃蘭特航空技術(Shanghai Volant Aviation Tech Co. Ltd.)が出願件数でトップとなっているが、同社は2022年以降に初めて出願が確認された新興メーカーである。2024年11月には、上海で開催された「第7回中国国際輸入博覧会」に、中国香港特別行政区の同業であり提携パートナーでもあるエッセンス・バリューとともに初出展した。ランキング2位の広東匯天航空(Guangdong Huitian Aviation Spaceflight Tech Co. Ltd.)も同様に、2022年に初めての出願が確認されている。
中国では、このような新興メーカーによる出願が目立つ中で、日本の本田技研工業やデンソー、米国のHoneywellなどが上位に位置している点は注目に値する。
なお、上述の開発動向で紹介したEHangやAutoFlightについては、多くの出願において「ドローン(Drone)」や「Unmanned Aerial Vehicle(UAV)」とだけ記載されているため、ランキングの上位には含まれなかった。
[出典]
「新技術で低空経済の未来像を発信」(2024年11月)
(2)注目特許
■CN114906333B(SHANGHAI VOLANT AVIATION TECH CO LTD)
電動飛行機に適用される動力域(ドメイン)制御システムに関するもので、複数の電池パックと複数の機載システムを管理し、主制御とバックアップ制御によって飛行の安全性と安定性を確保する
上海沃蘭特航空技術の出願は、現時点では中国国内(CN)のみに限られており、グローバルなファミリ出願は確認されていない。今後、同社がどのようなグローバル戦略を採用するのか、注視する必要がある。
【発明の名称】Power domain control system of electric aircraft and electric aircraft
CN114906333B
【発行日】 2024/5/3(出願日:2022/4/27)
【要約】(機械翻訳)
本発明は、電動航空機の電力ドメイン制御システムおよび電動航空機に関する。電動航空機の電力ドメイン制御システムは、主電力ドメイン制御装置と予備電力ドメイン制御装置とを備える。主電力ドメイン制御装置は、通常時において電動航空機のパワートレインを制御するために使用される。予備電力ドメイン制御装置は、主電力ドメイン制御装置の電源制御に異常があると判断された場合に、バックアップ制御を実行するために使用される。これにより、予備電力ドメイン制御装置は、主電力ドメイン制御装置に代わってパワートレイン制御の一部または全部の制御を実現し、パワートレイン制御における電動航空機の耐空安全性を確保することができる。
5. まとめ
これまで見てきたように、グローバルな全体傾向として、「空飛ぶクルマ」関連技術の開発は今後さらに活発化していくことが予想される。一方で、地域ごとの傾向には違いがあることも確認できた。
開発動向および知財動向の両面からは、米国企業が牽引している様子がうかがえる。
日本企業についても、米国企業との協業やグローバルな出願戦略を通じて、日本国内での出願件数だけでは捉えきれない市場への積極的な関与が読み取れる。
欧州では、出願件数が右肩上がりに推移し、日本を上回る状況にあるものの、直近1年間では一部の欧州企業において開発の停滞も見られ、今後の展開については不透明な側面も残る。出願ランキングからは、今後、米国および日本企業によるさらなる参入の活発化が十分に想定される。
中国においては、近年になって出願を開始した新興企業が多く、こうした新たなプレーヤーの登場により、今後の動向が急速に活発化する可能性がある。また、既存のドローン技術をベースとした「空飛ぶクルマ」との汎用技術や応用技術の展開も期待される。一方で、「空飛ぶクルマ」関連業界が淘汰のフェーズに入った場合には、グローバル市場の動向を慎重に見極めていく必要がある。
今後は、我が国の政策動向や各プレーヤーによる開発および知財への取り組みに注視するとともに、グローバルな動向を継続的に見守っていきたい。
調査1部 柏木