(ショートレポート)「生体吸収性ステント」に関する特許出願動向調査

2024.12.01 | 調査コラム

本記事は、執筆時に調査した内容を元に掲載しております。最新情報とは一部異なる可能性もございますので、ご注意ください。

1. 調査背景

 ステントとは、網目状の筒のような医療機器であり、狭心症や心筋梗塞などによって狭窄または閉塞した血管等の治療に使用される。※1

 従来のステントは金属製のものが多く、金属性ステントの表面に薬剤を塗布した薬剤溶出ステント(DES、Drug Eluting Stent)等が多く使用されているが、治療後にステントが患部に残ったままの状態となり、いずれステント自身が血栓症等のリスクとなる懸念がある。そこで、体内に留置後一定期間を経て患部治療後にステントが人体に吸収されて無くなる生体吸収性ステント(生体吸収性スキャフォールド、BVSまたはBRS(bioresorbable vascular scaffold、bioresorbable scaffold)とも呼ばれる※2)が注目されている。これにより、ステントが血管内に残留することで発生する血管詰まりや再発後の治療の障害を防ぐことが期待されている。

 2016年には世界初となる米食品医薬品局(FDA)の承認を得た生体吸収性ステントとして、金属ではなく生物分解性のポリマーでできているThe Absorb GT1 Bioresorbable Vascular Scaffold Systemが発表された。このステントは多くのステントメーカーが存在する米国のAbbott社が開発、製造している。※3

 日本国内では2023年に株式会社カネカが株式会社日本医療機器技研を子会社化し、生体吸収性の特性を持つ冠動脈ステントの市場拡大を目指していると発表されている。※4

 そこで、本調査では生体吸収性ステントについて特許出願動向調査を行った。

2. 技術概要

 生体吸収性ステントの特徴として、ステントの材料そのものが生体吸収性であることが挙げられる。材料としてはポリマー、金属があり、ポリマー材料の代表例としては前述のAbbott(US)社製の「ABSORB GT1®」が挙げられる。このステントはポリ-L乳酸という生体吸収性ポリマーを材料として使用している。
 金属材料の代表例としては、人体の必須元素であるマグネシウムを主成分としたマグネシウム合金が挙げられる。マグネシウム合金製の生体吸収性ステントについては、調査背景でも記載した株式会社日本医療技研にて、高精度なマグネシウム合金を用いたステント「JFK-01」の開発を行っており、薄肉化しているにも関わらず血管支持力を損なわないという特性を持ち、2022年の特定臨床研究結果においても他社品のマグネシウム合金製ステントよりも優れた特性をもつことで注目されている。※5

3. 調査戦略(概要)

本調査では以下のような調査戦略の下、特許母集団を作成した。
・対象期間:現在から20年前の2004年以降とした。
・調査対象国:日本および巨大医療(ステント)メーカーが多い米国を対象とした。
・検索式:「生体吸収性材料で作られたステントで、生体吸収または生分解、消失すること」という観点に対して、下記の特許分類を用い、生体吸収特性を持つポリマー(ポリ乳酸、PLA等)やマグネシウム合金等に関するキーワードと掛け合わせた。
・母集団 :出願単位で1498件(日本449件、米国1049件)

<使用特許分類>
A61F2/82 血管へ埋め込み可能なフィルター>血管への植込み可能なフィルター>人体の管状構造の開通状態を維持または閉塞を防止する装置,例.ステント
A61L27/58 材料またはものを殺菌するための方法または装置一般>補綴または補綴用品のコーティングのための材料>機能または物理的特性に特徴のある材料>少なくとも部分的に身体に再吸収される材料
A61L31/14,500 ※FI 材料またはものを殺菌するための方法または装置一般>他の手術用物品のための材料>機能または物理的特性に特徴のある材料>少なくとも部分的に身体に再吸収される材料
A61L31/148 ※CPC 材料またはものを殺菌するための方法または装置一般>他の手術用物品のための材料>機能または物理的特性に特徴のある材料>少なくとも部分的に体内に吸収される材料
A61F2210/0004 ※CPC 血管へ埋め込み可能なフィルター>グループ A61F2/00 – A61F2/26 または A61F2/82 または A61F9/00 または A61F11/00 またはそのサブグループに分類される人工器官の特定の材料特性>生体吸収性
C08L101/16 高分子化合物の組成物>不特定の高分子化合物の組成物>生物分解性高分子化合物
C08L2201/06 ※CPC 高分子化合物の組成物>特性>生分解性
A61L27/04 材料またはものを殺菌するための方法または装置一般>補綴または補綴用品のコーティングのための材料>無機材料>金属または合金
A61L31/02 材料またはものを殺菌するための方法または装置一般>他の手術用物品のための材料>無機材料
A61L31/04 材料またはものを殺菌するための方法または装置一般>他の手術用物品のための材料>高分子材料
A61L31/14 材料またはものを殺菌するための方法または装置一般>他の手術用物品のための材料>機能または物理的特性に特徴のある材料
A61F2/844 血管へ埋め込み可能なフィルター>血管への植込み可能なフィルター>人体の管状構造の開通状態を維持または閉塞を防止する装置,例.ステント>展開前に折り畳まれているもの
A61F2/915 血管へ埋め込み可能なフィルター>血管への植込み可能なフィルター>人体の管状構造の開通状態を維持または閉塞を防止する装置,例.ステント>ワイヤ状の要素により形成されたことに特徴のあるステント>ネット状またはメッシュ状の構造に特徴があるもの>穿孔されたシートまたは管より作られているもの,穿孔は例えば、レーザーカットまたはエッチングにより形成されたもの>曲折または蛇行した構造をもつバンドを有するもので,隣接するバンドは互いに連結されているもの
A61F2/93 血管へ埋め込み可能なフィルター>血管への植込み可能なフィルター>人体の管状構造の開通状態を維持または閉塞を防止する装置,例.ステント>管に挿入後拡張する巻き上げシート型ステント>ラチェットを用いて円周状に拡張可能なもの
A61M29/02  人体の中へ,または表面に媒体を導入する装置>媒体,例.薬剤,を導入する手段を有するまたは有しない拡張器>膨脹拡張器

4. 出願動向

4.1 全体出願動向

 まず、日本の出願件数の推移を見てみる。

 2004年から2007年にかけて出願件数が上昇傾向にあり、2007年を出願件数のピークとして2008年以降の出願件数は減少と増加を繰り返しつつ徐々に減少傾向となっていることが見られる。

 続いて、米国の出願件数の推移を見てみる。

 日本よりも全体的に件数が多いが、傾向として日本同様に出願件数は減少傾向となっていることが見られる。

4.2 出願人ランキング

 続いて、出願人の上位ランキング(20社)を見てみる。まずは日本の出願人を見ていく。

 生体吸収性ステント「ABSORB GT1®」の販売を行っていたAbbott(US)の出願数が最も多いことがわかる。日本企業としてはテルモ、日本医療機器技研、日本ステントテクノロジー、カネカ、京都医療設計、古河電気工業が上位ランキング入りとなっているが、全体的に見て20社の中で米国企業が11社ランキング入りしており、日本のステント市場において米国のステントメーカーの力が強いことが伺える。

 続いて外国の出願人ランキングを見てみる。

 米国ではAbbott(US)が日本よりも圧倒的な出願件数となっており、2位とは6倍近い出願件数の差があるため、生体吸収性ステントという分野において抜きんでた存在でもあり、日本市場よりも米国市場をターゲットとして捉えていることが分かる。

4.3 上位出願人の出願件数推移

 続いて、日本の上位出願人の件数推移を見てみる。

 Abbott(US)が最も多い出願件数であるが、2004年から2014年まで継続的に出願されているものの、2015年以降の出願が見られなかった。これについては、Abbott社の生体吸収性ステントについてステント血栓症の発生リスクが高いことが報告され、2017年9月をもって全世界での販売終了が発表されたことが大きく影響していると推察する。※6

 続いて、米国の上位出願人の出願件数推移を見てみる。

 米国でもAbbott(US)が圧倒的な出願件数ではあるが、2018年頃から急激にAbbott(US)の出願件数は減少している。これについては前述の全世界における生体吸収性ステント販売終了による影響と推察する。だが、日本のように出願が途絶えている状況ではなく、少数ではあるものの出願は継続しており、2024年には新たにFDA認可を取得した生体吸収性ステントについて発表している。※7

 また、出願数としては少ないが、BIOTRONIK(DE)については、2024年に生体吸収性マグネシウムスキャフォールド「Freesolve™」に関する安全性と臨床成績について発表している。※8

5. 関連出願紹介

テルモ株式会社

○特開2020-146169
「生分解性スキャフォールド」

【課題】フラクチャーを起こしにくい生分解性スキャフォールドを提供する。(フラクチャー=ステントの破断を指す)
【解決手段】生分解性スキャフォールドは、複数の生分解性ポリマー繊維と、前記複数の生分解性ポリマー繊維を固定する生分解性ポリマーマトリックスと、により構成される生分解性ポリマー繊維束により網筒状に構成されている。
【発明の効果】本開示によれば、フラクチャーを起こしにくい生分解性スキャフォールドを提供できる。

特開2020-146169
図1

株式会社日本医療機器技研

※本来の公報から一部内容編集。下記(1)~(5)は公報代表図面中の1~5となる。

○特開2020-93117
「生体吸収性ステント」 


【課題】レアアース元素およびアルミニウムを含有しないマグネシウム合金から形成された生体吸収性ステントの提供。
【解決手段】90質量%以上のマグネシウムを主成分として、亜鉛、ジルコニウムおよびマンガンを副成分として含有し、レアアース元素およびアルミニウムを含有しないマグネシウム合金からなるコア構造体(1)を有する生体吸収性ステントにおいて、前記マグネシウム合金からなるコア構造体上に形成された、フッ化マグネシウムを主成分とする第1防食層(2)と、前記第1防食層上に形成されたパリレンからなる第2防食層(3)と、を備えた生体吸収性ステントおよびその製造方法。
(4)=(3)の少なくとも一部の表面に形成された生分解性樹脂層、(5)=(4)上に形成された、薬剤を含む生分解性樹脂層。
【発明の効果】本発明では、レアアース元素を含有しないマグネシウム合金表面上にアルミニウムを含まない防食層を形成しているため、人体への安全性が高い。

特開2020-93117
図1
図2

Abbott Laboratories

※本来の公報からGoogle翻訳で日本語に翻訳。

○US2022/0249262
“SHAPE MEMORY BIORESORBABLE POLYMER PERIPHERAL SCAFFOLDS”


【課題】高い半径方向強度、高い圧潰回復性(剛性)、および高い耐破壊性または高い靭性を備えた生体吸収性スキャフォールドの開発。
【解決手段】PLLAとポリカプロラクトンなどのゴム状ポリマーから生体吸収性スキャフォールドを作ることで自己拡張機能または形状記憶特性を持たせる。
【発明の効果】血管の開通性、支持性として高い半径方向強度、半径方向剛性、耐破壊性を有する。

US2022/0249262
FIG.14

BIOTRONIK SE & Co. KG

※本来の公報からGoogle翻訳で日本語に翻訳。

○US2024/0252718
“IMPLANT WITH A BIODEGRADABLE SUPPORT STRUCTURE”


【背景】ポリマーを含む生分解性インプラントについて、既知の生分解性ポリマーは血栓症(炎症)のリスクを高める可能性がある。
【解決手段】マグネシウム、亜鉛、鉄を含む生分解性支持構造と、それを部分的に覆う被覆材料との組み合わせからなるインプラントを提供する。
【発明の効果】既知のポリマーまたは生分解性ポリマーと比較して炎症のリスクを最小限に抑えることが可能になる。

US2024/0252718
FIG.1

6. まとめ

 日本と米国においては生分解性ポリマーを材料とする生体吸収性ステントの開発、製造をしているAbbott社が出願件数トップではあるが、2017年に生体吸収性ステントの販売を全世界で終了している。生体吸収性ステントの全体的な出願件数推移については年々減少傾向にあるが、出願は継続していることがわかる。また、日本医療機器技研のように、金属性材料として高精度のマグネシウム合金を使った生体吸収性ステントも日本から登場しており、日本国内から世界に向けて新しいステントが広がっていくことも考えられる。今後日本だけではなく世界的に高齢化社会となっていくことから、低侵襲な治療法であるステント留置治療はより需要が高まってくると考えられ、注目していきたい。

調査1部 青沼

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